家族で振り返るプロ野球日本ハムの東京時代

日本ハムの東京時代

プロ野球日本ハムは北海道に本拠地を移転し、2006年の優勝ですっかりファンの心をつかんで地元に密着する球団になりましたが、それまでの約20年間は優勝から遠ざかるという少々辛い時代を過ごしていました。後楽園球場を本拠地にしていた1981年にリーグを制覇しましたが、その後の15年間は、パリーグは西武ライオンズの黄金期で、ほとんどのシーズンを西武が優勝していたのです。

1980年代後半には甘いマスクで女性ファンも多かった西崎投手もいましたし、1990年代には中日で優勝経験のある近藤監督を迎えてチーム力の強化に努めましたが、優勝にはなかなか手が届きませんでした。また、家族でも振り返ると驚くのが、あの落合選手がプロ野球生活の最後に所属したのがこの日本ハムだという事実です。1996年オフに巨人を退団し、日本ハムにやってきました。さすがに晩年は力の衰えは隠せず、最後のシーズンはホームランを3本しか打てませんでした。